愛犬のリンちゃんが、亡くなった

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ミニマリストしぶ

ミニマリストしぶ

“Minimalist”代表。福岡在住、4畳半の23歳。著書「手ぶらで生きる」が発売日に重版&Amazonベストセラー1位に。「MINIMALS」商品デザイン監修。

「さっき、リンが発作を起こして急死した。自分も動揺しているが、見届けてほしい。

あと、今日が12歳の誕生日だから祝ってあげて。」

 

スマホにセットした7:30のアラームで体を起こして、LINEのメッセージで目が覚めた。

8月28日の深夜、愛犬のチワワが亡くなったから。

 

抱っこした時の重み。

ふさふさの毛並み、ぷにぷにの肉球と、頭を撫でた時の感触。

思い出すたび、涙がこぼれてくる。胸がえぐられる。

 

僕は犬が嫌いだった

僕は犬が嫌いだった。

「通学路に必ずいる、僕に吠えまくる巨体のシベリアンハスキー」がトラウマで、犬に対して良い感情を持っていなかったから。

毎朝の通学と、帰宅途中で毎日2回も立ちはだかるシベリアンハスキーは僕にとっての天敵。通学路の悪魔。

 

犬は吠えるし、うるさいし、噛みつくから怖い。

そんな犬嫌いだった僕が、純粋に「飼いたい」と思った犬がいる。それがリンちゃんだ。

 

チワワを飼いたいと熱心にプレゼンする小学生の妹と父親に、ペットショップへ何度も連れられたのを覚えている。

ウルっとした瞳、人形のような小ぶりで可愛らしいサイズ感。

リンちゃんと繰り返し顔を合わせる度、「一緒に暮らしたら、楽しそうだ」と強く惹かれた。

 

リンちゃんは可愛い

家の玄関を開けると、いつもリンちゃんが出迎えてくれた。

鍵を開け閉めする音に反応して、玄関まで全力ダッシュで迎えてくれる。

そんな人懐っこさが、たまらなく可愛かった。

 

「顔立ちがなんとなく”リン”っぽいし、可愛い」

名前の由来はそんな感じだったと思う。

メスのチワワだったから、ちゃん付けして家族で可愛がっていた。

 

 

僕のブログや著書にも、度々出てくる実家の写真。

そこに写っている犬は紛れもない、リンちゃんだ。

 

父とリンちゃん

高校進学時、両親が離婚するタイミングで、リンちゃんと離れることになった。

僕は母親について行き、リンちゃんは父親の元に残った。

 

だから生活を共にしたのは、実質4年ほど。

5歳〜12歳のリンちゃんとは、年に数回だけ顔を合わせるような距離感だった。

 

思い返せば、別居した父と定期的にLINEの交換が続いていたのも、リンちゃんがキッカケになっていたからだ。

新しい服が似合っていて可愛いだとか、こんな場所に連れて行っただとか、写真や動画でリンちゃんの近況報告が送られて来る。

離婚した父にとって唯一、残された家族がリンちゃんだったから、誰よりもリンちゃんを可愛がっていた。

 

 

体が弱ったリンちゃんを病院へ連れて行ったのも、死後の処理をしたのも、すべて父親だ。

リンちゃんと別居していた僕でさえ、こんなにも悲しいのに。

12年もの苦楽をともにした父親の、胸の痛みは計り知れない。

 

死別のタイミング

「健康のために、目覚まし時計をかけない」が僕のモットーである。

にも関わらず今日という1日は、珍しくアラームをセットするくらい特別で、忙しい1日だった。

2018年8月28日の今日は、僕が手がけるオリジナルブランドの商品第一番が発売する日。

 

朝の7時30分に起きて、14時の発売までにやるべきことが沢山ある。

それでいて、リンちゃんを思い悲しむ時間がほとんど無い。

モヤモヤを抱えながら、どうにか今日1日を乗り過ごして、今こうしてパソコンの前に文章を綴っている。

 

ブランドを立ち上げるために2017年12月から淡々と、この日のために、ずっと準備を続けてきた。

そんな僕にとって特別な1日が、リンちゃんの死別と被るのだから、不幸というかアンラッキーというか。

何かの試練でも与えれたかの感覚だった。

 

写真フォルダ「リンちゃん」

そんなこんなで、慌ただしい1日の夜を迎えた僕は、パソコンの写真フォルダを見返している。

学生時代から保存し続けていた写真を漁って、「リンちゃん」という名前の写真フォルダを作った。

 

見返したら悲しくなりそうだし、今後に見返すかはわからないけど、ちゃんと向き合える時に整理しておこうと思った。

きちんとリンちゃんの思い出と向き合って、整理することで、前に進めるんじゃないかと思っている。

 

せめて、もう1回だけでも会っておけば良かった

写真を見返していて、わかったことがある。

リンちゃんを最後に撮った写真の日付は、2017年10月14日だった。

つまり、僕が最後にリンちゃんと会ったのは、1年近くも前のこと。

 

「リンに腫瘍が出来て、病院へ行って来た。そろそろマズいかもしれない」

そんなLINEを父から受け取ったのも、ちょうど1年前。

なんとなく、いつか、死別する日が来るのだろうと思っていた。

 

お盆明けにでも。

この仕事が終わって落ち着いたタイミングでも。

「そろそろ行こうかな」とずっと思っていたけど、もう手遅れだ。

 

帰るタイミングは、何度かあったのに。

こんなにも早く、別けれが来ると思ってなかった。

自分のことになると、都合がいいようにしか解釈しない。そんな言い訳がましい自分を後悔している。

 

僕の著書には、こんな一説がある。

なにもこの「出口戦略」は物に限った話ではなく、人生のあらゆることに通じる話だ。

さよならだけが、人生だ

僕の好きなアーティスト、伊東歌詞太郎の曲名だ。

出会いと別れがセットであるように、入り口を潜り抜けた瞬間から、ベストな出口を目指して走り抜ける必要がある。

”人生のあらゆることに通じる話”とはつまり、このこと。

そして、この文章を書いたのは、半年前の2018年2月。リンちゃんとの死別を意識してから書いた原稿だった。

(本の中には書かなかったが、下書き原稿には「ペット」を例に文章を書いてたりもした。文章量の問題で削ったが。)

 

ベストな出口を潜り抜けられたか?と聞かれると正直、YESとは答えられない。

せめて1回、どうにか会っておけば良かったと思う。

 

自分の著書で言語化しておきながら、みっともない話だけど。

人のふり見て我がふり直せ…この記事を読んだ人にとって、戒めとなれば幸いだ。

と思うと同時に、「今後の父と母との向き合い方を改めておけ」という、リンちゃんからのメッセージでもあると、僕は受け取っている。

 

犬の死後処理は、早い

この記事を書いている今、既にリンちゃんの納骨は済んでいる。

早朝に死別の報告を受けて、昼時にもう火葬の車が実家に来たそうだ。

 

「ペットの火葬は、車内で終わる」ということを今日まで、無知な僕は知らなかった。

リンちゃんが急死した数時間後には、ペット専用の火葬車が家に来て、車内で火葬と納骨が終わる。

玄関でペットを引き渡して、玄関で死後処理が完結する。あまりにスピーディ。

 

呼吸し、足で立ち、エサをほうばる。

そうやって12年も動き続けた肉体が、ほんの数時間で「骨」になる事実。

 

こんなにも呆気なく、命は途絶えるのかと。

実感がなさすぎて、リンちゃんはもう存在しないという事実を、未だ飲み込めない自分がいる。

 

『向き合える時に、向き合っておいたほうがいい』

リンちゃんが亡くなった今日この日にしか、この文章は書けない。

悲しくて、胸がえぐられる感情を言葉にできるのは、今この瞬間だけだ。

 

筋トレ直後の体が、タンパク質を求めるように。

恋に破れた男女が、恋愛バイブル本を読み漁るように。

物事には、吸収率が跳ね上がるタイミングがある。

 

リンちゃんの死と向き合い、リンちゃんの死から学びを得られる、ベストな瞬間。

それが今だ。

 

そして何より、僕自身のために、ブログに書き残しておこうと思った。

心の中を駆け巡る、このモヤモヤを言葉にして発散しないと、僕自身がどうにかなっていまいそうだったから。

リンちゃんが生きた証として、この文章を残しておかないと、明日の自分が後悔すると思うから。

 

リンちゃん、今までありがとう。

そして12歳の誕生日、おめでとう。