ミニマリストしぶ
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「さっき、リンが発作を起こして急死した。自分も動揺しているが、見届けてほしい。
あと、今日が12歳の誕生日だから祝ってあげて。」
スマホにセットした7:30のアラームで体を起こして、LINEのメッセージで目が覚めた。
8月28日の深夜、愛犬のチワワが亡くなったから。
抱っこした時の重み。
ふさふさの毛並み、ぷにぷにの肉球と、頭を撫でた時の感触。
思い出すたび、涙がこぼれてくる。胸がえぐられる。
僕は犬が嫌いだった
僕は犬が嫌いだった。
「通学路に必ずいる、僕に吠えまくる巨体のシベリアンハスキー」がトラウマで、犬に対して良い感情を持っていなかったから。
毎朝の通学と、帰宅途中で毎日2回も立ちはだかるシベリアンハスキーは僕にとっての天敵。通学路の悪魔。
犬は吠えるし、うるさいし、噛みつくから怖い。
そんな犬嫌いだった僕が、純粋に「飼いたい」と思った犬がいる。それがリンちゃんだ。
チワワを飼いたいと熱心にプレゼンする小学生の妹と父親に、ペットショップへ何度も連れられたのを覚えている。
ウルっとした瞳、人形のような小ぶりで可愛らしいサイズ感。
リンちゃんと繰り返し顔を合わせる度、「一緒に暮らしたら、楽しそうだ」と強く惹かれた。
リンちゃんは可愛い
家の玄関を開けると、いつもリンちゃんが出迎えてくれた。
鍵を開け閉めする音に反応して、玄関まで全力ダッシュで迎えてくれる。
そんな人懐っこさが、たまらなく可愛かった。
「顔立ちがなんとなく”リン”っぽいし、可愛い」
名前の由来はそんな感じだったと思う。
メスのチワワだったから、ちゃん付けして家族で可愛がっていた。
僕のブログや著書にも、度々出てくる実家の写真。
そこに写っている犬は紛れもない、リンちゃんだ。
父とリンちゃん
高校進学時、両親が離婚するタイミングで、リンちゃんと離れることになった。
僕は母親について行き、リンちゃんは父親の元に残った。
だから生活を共にしたのは、実質4年ほど。
5歳〜12歳のリンちゃんとは、年に数回だけ顔を合わせるような距離感だった。
思い返せば、別居した父と定期的にLINEの交換が続いていたのも、リンちゃんがキッカケになっていたからだ。
新しい服が似合っていて可愛いだとか、こんな場所に連れて行っただとか、写真や動画でリンちゃんの近況報告が送られて来る。
離婚した父にとって唯一、残された家族がリンちゃんだったから、誰よりもリンちゃんを可愛がっていた。
体が弱ったリンちゃんを病院へ連れて行ったのも、死後の処理をしたのも、すべて父親だ。
リンちゃんと別居していた僕でさえ、こんなにも悲しいのに。
12年もの苦楽をともにした父親の、胸の痛みは計り知れない。
死別のタイミング
「健康のために、目覚まし時計をかけない」が僕のモットーである。
にも関わらず今日という1日は、珍しくアラームをセットするくらい特別で、忙しい1日だった。
2018年8月28日の今日は、僕が手がけるオリジナルブランドの商品第一番が発売する日。
朝の7時30分に起きて、14時の発売までにやるべきことが沢山ある。
それでいて、リンちゃんを思い悲しむ時間がほとんど無い。
モヤモヤを抱えながら、どうにか今日1日を乗り過ごして、今こうしてパソコンの前に文章を綴っている。
ブランドを立ち上げるために2017年12月から淡々と、この日のために、ずっと準備を続けてきた。
そんな僕にとって特別な1日が、リンちゃんの死別と被るのだから、不幸というかアンラッキーというか。
何かの試練でも与えれたかの感覚だった。
写真フォルダ「リンちゃん」
そんなこんなで、慌ただしい1日の夜を迎えた僕は、パソコンの写真フォルダを見返している。
学生時代から保存し続けていた写真を漁って、「リンちゃん」という名前の写真フォルダを作った。
見返したら悲しくなりそうだし、今後に見返すかはわからないけど、ちゃんと向き合える時に整理しておこうと思った。
きちんとリンちゃんの思い出と向き合って、整理することで、前に進めるんじゃないかと思っている。
せめて、もう1回だけでも会っておけば良かった
写真を見返していて、わかったことがある。
リンちゃんを最後に撮った写真の日付は、2017年10月14日だった。
つまり、僕が最後にリンちゃんと会ったのは、1年近くも前のこと。
「リンに腫瘍が出来て、病院へ行って来た。そろそろマズいかもしれない」
そんなLINEを父から受け取ったのも、ちょうど1年前。
なんとなく、いつか、死別する日が来るのだろうと思っていた。
お盆明けにでも。
この仕事が終わって落ち着いたタイミングでも。
「そろそろ行こうかな」とずっと思っていたけど、もう手遅れだ。
帰るタイミングは、何度かあったのに。
こんなにも早く、別けれが来ると思ってなかった。
自分のことになると、都合がいいようにしか解釈しない。そんな言い訳がましい自分を後悔している。
僕の著書には、こんな一説がある。
なにもこの「出口戦略」は物に限った話ではなく、人生のあらゆることに通じる話だ。
「さよならだけが、人生だ」
僕の好きなアーティスト、伊東歌詞太郎の曲名だ。
出会いと別れがセットであるように、入り口を潜り抜けた瞬間から、ベストな出口を目指して走り抜ける必要がある。
”人生のあらゆることに通じる話”とはつまり、このこと。
そして、この文章を書いたのは、半年前の2018年2月。リンちゃんとの死別を意識してから書いた原稿だった。
(本の中には書かなかったが、下書き原稿には「ペット」を例に文章を書いてたりもした。文章量の問題で削ったが。)
ベストな出口を潜り抜けられたか?と聞かれると正直、YESとは答えられない。
せめて1回、どうにか会っておけば良かったと思う。
自分の著書で言語化しておきながら、みっともない話だけど。
人のふり見て我がふり直せ…この記事を読んだ人にとって、戒めとなれば幸いだ。
と思うと同時に、「今後の父と母との向き合い方を改めておけ」という、リンちゃんからのメッセージでもあると、僕は受け取っている。
犬の死後処理は、早い
この記事を書いている今、既にリンちゃんの納骨は済んでいる。
早朝に死別の報告を受けて、昼時にもう火葬の車が実家に来たそうだ。
「ペットの火葬は、車内で終わる」ということを今日まで、無知な僕は知らなかった。
リンちゃんが急死した数時間後には、ペット専用の火葬車が家に来て、車内で火葬と納骨が終わる。
玄関でペットを引き渡して、玄関で死後処理が完結する。あまりにスピーディ。
呼吸し、足で立ち、エサをほうばる。
そうやって12年も動き続けた肉体が、ほんの数時間で「骨」になる事実。
こんなにも呆気なく、命は途絶えるのかと。
実感がなさすぎて、リンちゃんはもう存在しないという事実を、未だ飲み込めない自分がいる。
『向き合える時に、向き合っておいたほうがいい』
リンちゃんが亡くなった今日この日にしか、この文章は書けない。
悲しくて、胸がえぐられる感情を言葉にできるのは、今この瞬間だけだ。
筋トレ直後の体が、タンパク質を求めるように。
恋に破れた男女が、恋愛バイブル本を読み漁るように。
物事には、吸収率が跳ね上がるタイミングがある。
リンちゃんの死と向き合い、リンちゃんの死から学びを得られる、ベストな瞬間。
それが今だ。
そして何より、僕自身のために、ブログに書き残しておこうと思った。
心の中を駆け巡る、このモヤモヤを言葉にして発散しないと、僕自身がどうにかなっていまいそうだったから。
リンちゃんが生きた証として、この文章を残しておかないと、明日の自分が後悔すると思うから。
リンちゃん、今までありがとう。
そして12歳の誕生日、おめでとう。