最終更新日: 2017/01/05

「食べないと死ぬは本当?」8年間飲まず食わずの不食から学ぶ「こだわらない」生き方。

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しぶ
待て待て!食べなきゃ死ぬでしょ!笑

人間なんだからお腹が空いたらご飯を食べるのは当たり前。ご飯を食べるなんて行為は当たり前すぎて

「食」について考える機会があるとすれば、ダイエットをするために食べる量を減らすとか健康的な食事をして体作りをするといった事が大半だと思います。

そんな僕自身も「食」に対しては相当こだわりが強い方だと自負していて食事に関するルールを決めています。例えば

  • 基本は1日1食。それ以上食べるのは旅行や友達と過ごす時だけ。
  • 玄米菜食で魚や大豆を中心とした献立にする。
  • 加工食品と食品添加物を避けて、できる限り自然に近い食べ物を選ぶ。

元々アトピー性皮膚炎に生まれたということもあり、食事や健康に気を使っていますが

根本的には「食事の量を減らして健康的な物を食べる」という考え方はあったけど、「一切食べない飲まない」という考えは全くありませんでした。

というか人間って飲まず食わずじゃ死んじゃうでしょ?
食べないならともかく水分すら取らないってどういうこと?

そんな固定観念を壊し、実際に8年間「飲まず食わず」の生活をしている弁護士・医学博士である秋山佳胤さんのマインドが深い。

参考文献:不食という生き方

 

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「食べないと死ぬは本当なのか」固定観念を疑ってみる

気をつけた方がいいのは「べき」という考え方にとらわれないこと。
食べるべき、減らすべき。
いずれの考え方も強制的で無理があります。その考え方ではどんな方法を選んでも悩むことになるでしょう。

  • 2008年以降、一切の飲食をしない「不食」を続けている
  • 空腹に慣れたから、プラーナだけで生きられた。(プラーナについては後記参照)
  • トイレは普通よりも少ないくらい

 

しぶ
仙人かよ

そもそも「断食」と「不食」は違うものだそう。

断食→食事の量を見直す・質を見直すこと。我慢をして無理やり食欲を抑える方法。

不食→食べる・飲む行為を一切行わない。

根本的に少食や断食療法は「自分の食べたいタイミングで適切な食事をとる。食べたい時は食べて、食べたくない時は食べない」という考え方ですが、

不食の場合は「食事そのものを必要としない。食べたいという感情が湧いてこない」という食欲そのものを排除した考え方になります。

確かに、今まで食事をする機会を振り返ってみると「惰性」で食べ物を摘んでいることが多かったなと思います。

・食事の時間になったから食べる。
・友達とわいわい話しながら食事をする。
・ストレスが溜まってイライラするから甘い物を食べて解消する。
・新作のメニューが気になって食べてみる。

極論を言うと食事って「お腹が空いたから食べる。空腹が辛いから食べる。」のが前提になっています。

お腹が空いていないなら食べなきゃいい。

友達とお話しがしたいだけなら別に食事とセットじゃなくてただ向き合って話せばいいだけですし、ストレスを解消する手段は食事以外にもある。

〜の時は食事しないといけない、といった「〜するべき」の考え方に捉われない。これは食事以外にも当てはまる大事な考え方です。

 

何のために食べるのか。食の目的を改めて見直してみる。

食べないというより「食べなくてもいい」という、やや緩やかな気持ちがグーッっと湧き上がって来ました。
それまで肉や魚を毎食、頑張って食べていた、食べなければいけないと信じていた自分を離れた位置から眺めている、そんな状況でした。
だからと言って皆さんに、今すぐ食べるのをやめましょうとは言いません。食べる事が楽しいなら、適度に食べればいいのです。
それを邪魔するつもりはありませんが、知っていただきたいのは「食べる量を減らすと頭がさえる」ということ。

著者の秋山さんは弁護士・医学博士という肩書きを持っているので、法律や医学を通じて他人の人生を変える選択を日々繰り返しおこなっています。

人の人生を左右する大事な法律や医学に携わっているからこそ、思考を最大限研ぎ澄ませる必要がある。日々、最も適切な選択をするために時間を確保する必要がある。

思考を最大限まで研ぎ澄ませる事、すなわち「食べないこと」が本人にとって一番効率的な生き方だからこそ、「不食」を実践し続けているんですね。

例えば僕の場合だと食事をする目的は

「少食で健康的な食事をしてアトピーを抑える為」
「アトピーを抑えて綺麗な肌を手に入れる為」
「食を通して人との交流を深める為」
「1日1食に抑えて自由な時間を増やす為」

という「健康、時間、コミュニケーション」の3点が思い浮かびました。

逆に「ストレスを解消」したり「食事そのものを楽しむ」といった考え方は薄いです。

なんとなく食べるののではなく、改めて食べる目的を見直してみる。

「〜するべき」という考え方を捨てて、自分に最適な生き方を選べている人はどれだけいるのでしょうか。

実際、食べないでどうやって生きているの?

ジャスムヒーンさんという女性は、一九九八年以来、飲み物や食べ物の摂取をやめた人です。
「え・・・じゃあ彼女はどうやって生きているんだろう?」
私の中で沸々と湧き上がる好奇心への答えは、大気に無限に存在するエネルギー(プラーナと呼ばれます)を摂取して生きているというものでした。
・・・ちなみにプラーナというのは日本的に説明すると「気」のことだそうです。これを毎日大量に食べているから、とくに物質的な物を摂取する必要がない。

しぶ
まじかよ

このプラーナについては科学的根拠がないこともあってスピリチュアルな話になります。

ただ事実として空気・水・太陽光だけをエネルギーとして生きている人たちが世界で10人発見されているので、そういう体質の人もいるんだなーくらいに考えておくのが良いでしょう。

▼空気や光から栄養を生み出すことのできる腸内細菌を持っている人が稀に存在するというのが現在有力な説。

厳密に言うと、このプラーナを食べて生きているから不食ではないんだけど、現状の科学では証明できないし、普通の人が食べるものを食べていないから不食と呼んでいるそうです。

 

不食や少食で得られる自由な時間と集中力


プラーナが摂取すれば食べなくて良いなんて言われても・・・僕たちが飲まず食わずの不食を実践するのは、とてもじゃないけど難しい。

でも食事の量を減らして断食や少食を実践することはできますし、少食を心がけることで得られる恩恵は大きくて科学的も証明されています。

  • 空腹状態による長寿遺伝子の覚醒、若返り効果
  • アンチエイジング効果による美肌効果
  • 食事による眠気を感じないので集中力が上がる
  • 内臓を休ませることができるので、睡眠時間を減らせる
  • 食事の回数が減るので自由な時間が増えて食費も削れる

などなど・・・日々の生活でもこれだけの効果がありますし「健康に長生きしたければ食べるな!」という言葉もあります。

カロリー制限をしないサルはそうでないサルに比べて病気と死亡リスクが3倍に跳ね上がるというデータは有名。

加齢に関わる原因で死亡したサルの数は、カロリー制限がないサルの場合 38匹のうち14匹ですが、カロリー制限をしているサルの場合は38匹の内わずか5匹だったそうです。

参考文献:Monkey caloric restriction study shows big benefit; contradicts earlier study

 

本来人間の体は過食に適応できない

しぶ
お腹いっぱいで動けない・・・なんだか眠くなってきた

こんな経験ありませんか?食べ放題のビュッフェで元を取ろうとあれこれほうばったり、立食パーティの雰囲気の飲まれてつい食べ過ぎちゃったり。

かつての狩猟時代、現在のように食に飢えていた時代に僕たち人間は「今日獲物が獲れても、明日は獲れないかも」という状況に身を置かれていました。

だから先祖代々、人間は飢餓に強く過食には弱い体質だったのです。それは今を生きる現代人にもあてはまること。人間はたかだか数百年では大きく進化できません。

僕たち日本人は、江戸時代まで1日2食だったんですからね。

食べすぎると頭の働きが鈍る。判断力や想像力も低下して、肥満になって体にキレがなくなる。

適度に空腹状態に身を置けば、消化効率も上がって脂肪はたまらず、胃腸を休ませることができる。免疫力も上がって病気にかかりにくくなります。

 

食べない生活に体を慣れさせる

不食や少食を実践する上で大切なのは、食べない生活に体を慣れさせる事です。

慣れや習慣の力って凄いもので、僕自身も1日2食から1日1食に変えていく上で最初こそ空腹感が辛くて挫折しそうになったけど数日たったらあら不思議。

今では1日1食で十分満足できる体質になってしまいました。

ただ1日3食だった人がいきなり1日1食や不食をしたら、体調が悪くなるのは当然です。まずは1日3食のうち朝食だけをジュースだけにするとか、1日2食に減らしてみる。

食事回数を減らしつつ、1食あたりの食事量を減らす。「質と量」を同時進行で、徐々にゆっくりと減らす事。

徐々に食べる量を減らしていけたら、次は食事の質を改善する。白砂糖やジャンクフードといった中毒性の強い物を避けるようにして、玄米菜食や果物中心の生活ににシフトしていく。

自分のペースで進めていって、もしも体が食事を要する状態になったら無理せず食べる。

とにかくスローペースで徐々に改善してきましょう。実際、著者の秋山さんも少食から不食に切り替えるまで2年間の月日をかけています。

 

過食はストレスを紛らわせる代償行為

「悲しい、寂しい」
「退屈だ、暇だ」
「つまらない」
「悩み事で不安、ストレスを感じる」

人間が暴飲暴食をする時はいつだって”感情”が原因になっています。

過食は心の飢えと呼ばれるように、過食は本来の自分を見失った状態とも言えます。体が本当に飢えているのではなく、様々な感情がストレスになって「もっと食え!」という信号が出ている。

心が満足していれば過食信号がでることはありません、だから心の満足感を得るために「食事以外で好きなことをする」のが一番です。

僕の場合は好きな音楽を聴く、本を読む、お風呂に入る、ブログを書く、近所を散歩してみるといった行為で心の満足感を得ることができています。

日々の生活が充実していれば、食べすぎる事もないし、逆にしょっちゅう過食をしている人は日々の生活に問題があるとも言えます。

 

しても良いし、しなくても良い。それくらい適当で良い。

「宝くじは買っちゃいけない、ギャンブルに意識を向けることになるから」そういう言葉をたまに耳にします。
・・・
ギャンブルに意識を向けたいなのなら向ければいいと思いませんか?そこに熱中するのも経験ということです。宝くじ、パチンコ、株式売買、競馬、全てはお金を儲けたいという意識の発露であり、この世での貴重な経験です。儲かっても損しても全てが学びです。
・・・
この「してはいけない」という言葉は、自由度が低くて窮屈です。でも人間は窮屈な言葉に不思議な安心感を覚えます。いわゆる「べき論」に支配されていました。
・・・
転職する、独立する、どんな人たちに対して、会社勤務の人はちょっと低い場所を見るような態度だったはずです。でも今は転職や独立が普通になり、大企業もリストラをする時代です。
この会社にいなければならない、いたほうが得だと一途に考えていると、柔軟な対応ができず、会社に振り回される時代となりました。
・・・・
最も賢いのは「何かにこだわらない」姿勢でいることです。してもいい。しなくてもいい。
これくらい柔らかい姿勢だと何をやるにも楽。

食べなくちゃいけない、食べてはいけない。食べない事のメリットに魅力を感じて食べたくないと思うなら食べなきゃ良いし、「美味しい、幸せ」といった感情を優先して美食を追求するのも個人の自由。

食に対する欲求やスタイルは人それぞれ。

「食べなきゃ栄養失調になるぞ!男はモリモリ食べてナンボだぞ!」なんて言い寄ってくる奴が居たらグーパンをかましてあげましょう。

私は食べるなとは言いません。食べたい時は適度に食べればいい。でも過食はやめませんか?誰にとってもメリットがありません。
食べる量を減らすと経済的な繁栄が崩れるからダメだという偏った考え方も、そろそろ終わりにしませんか?